大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)2000号 判決 1978年7月14日
控訴人 久保常子
<ほか五名>
右控訴人六名訴訟代理人弁護士 町彰義
被控訴人 株式会社近鉄百貨店
右代表者代表取締役 檜原敏郎
右訴訟代理人弁護士 竹田準二郎
同 滝本文也
主文
原判決を取消す。
本件を大阪地方裁判所に差戻す。
事実
控訴人ら代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人久保に対し金一一九万一八七〇円及びこれに対する昭和四九年三月二七日から、控訴人奈良に対し金一四万一〇五〇円及びこれに対する右同日から、控訴人熊沢に対し金四五万四二〇〇円及びこれに対する右同日から、控訴人岡本に対し金三四万円及びこれに対する右同日から、控訴人松本に対し金二五万五六〇〇円及びこれに対する右同日から、控訴人三田に対し金四三万九〇〇〇円及びこれに対する右同日から、それぞれ完済までいずれも年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする」との判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の提出・援用・認否は、左記の点を附加するほか、原判決事実摘示のとおり(《証拠訂正省略》)であるから、ここにこれを引用する。
(控訴人らの主張)
債権差押命令は、第三債務者に対し債務者に債務の支払をなすことを禁じ、また、債務者に対し債権の処分、殊にその取立をしてはならないことを命ずるものであるから、被差押債権の特定は、第三債務者が如何なる債権が如何なる範囲で差押えられたかを識別できる程度になされていれば充分である。被差押債権の特定につき、これを厳格に要求することは、債権の差押を不能ならしめて、取引の安全を害し、信義則上許されない。ところで、本件においては、さきに控訴人らを債権者、浦商事株式会社こと株式会社島津屋を債務者、被控訴人を第三債務者とする大阪地方裁判所昭和四八年(ヨ)第一四九五号債権仮差押決定が発せられたが、被控訴人においては、その陳述催告命令に対する陳述書において、これが被差押債権の存在を認諾したのであるから、被控訴人としては、右債権仮差押決定により、如何なる範囲の債権が仮差押されたかを充分に識別し得たものというべく、本件債権差押命令においても、その被差押債権は、右と同じものであるから、被控訴人において、これが被差押債権を識別し得たことは明らかであり、被差押債権の特定につき、欠けるところはないというべきである。被差押債権の特定に関し、当該債権が発生した取引の日時、場所、目的物、履行期などまでを具体的に表示することを要求するのは、事実上、不能を強いるものといわなければならない。
(被控訴人の主張)
債権差押及び取立命令により、金銭債権を差押え、かつ、その取立権を取得するためには、当該命令自体により、被差押債権が特定されていなければならないこと勿論である。ところで、本件債権差押及び取立命令においては、その被差押債権として、「金二八二万一七二〇円、但し、債務者が第三債務者に対して昭和四八年五月三一日現在有する婦人服イージーオーダーの賣掛代金債権の内金。各債権者の差押債権の額は、次のとおり。債権者久保・金一一九万一八七〇円、債権者奈良・金一四万一〇五〇円、債権者熊沢・金四五万四二〇〇円、債権者岡本・金三四万円、債権者松本・金二五万五六〇〇円、債権者三田・金四三万九〇〇〇円」と表示されているのである。もともと、右賣掛代金債権は、第三債務者たる被控訴人と債務者たる浦商事株式会社との間における継続的取引関係に基づき、被控訴人の阿倍野店と奈良店とにおいて、数次にわたり発生したものであるところ、右の表示によっては、右代金債権の内の如何なる部分が、どの債権者に移付されたのか、或いは全く移付されなかったのかを第三債務者において識別し得ないというべきである。なお、控訴人ら主張に係る債権仮差押決定における被差押債権の表示は、「金二八二万一七〇〇円、但し、債務者が第三債務者に対し昭和四八年五月三一日現在有する婦人服イージーオーダーの賣掛代金債権約金四〇〇万円の内金」というのであったところ、被控訴人においては、控訴人ら主張の陳述書において、「被控訴人は浦商事株式会社に対し、金三六二万三九二一円の債務を負担しているが、それについては、既に被控訴人において浦商事株式会社から、他に債権譲渡をした旨の通知を受けている」旨を述べたのに過ぎない。被控訴人が、前記のような表示の被差押債権を識別し得て、右の陳述をしたものとはいい難いのである。本件債権差押及び取立命令は、被差押債権が不特定であり、無効というほかはない。
(証拠関係)《省略》
理由
(一) 控訴人らが訴外浦商事株式会社こと株式会社島津屋(以下、訴外会社という)に対して有する賣掛代金債権を被保全権利として、大阪地方裁判所に対し、訴外会社が被控訴人に対して有する賣掛代金債権につき仮差押命令の申請をしたところ、同庁昭和四八年(ヨ)第一四九五号事件として審理せられた結果、その申請が認容されて、昭和四八年五月三一日附債権仮差押決定が発せられ、その頃に右決定が被控訴人に送達されたこと、控訴人らが訴外会社を相手方として、大阪地方裁判所に対し、控訴人らが訴外会社に対して有する右賣掛代金に関する支払請求訴訟を提起したところ、同庁昭和四八年(ワ)第二三八九号事件として審理せられた結果、控訴人ら勝訴の判決が言渡されたこと、及び控訴人らが右判決の執行力ある正本に基づき、大阪地方裁判所に対し、訴外会社が被控訴人に対して有する賣掛代金債権につき、債権差押及び取立命令の申請をしたところ、同庁昭和四九年(ル)第七一二号及び同年(ヲ)第七三四号事件として審理せられた結果、その申請が認容されて、昭和四九年三月二六日附債権差押及び取立命令が発せられ、その頃に右命令が被控訴人に送達されたことは、いずれも当事者間に争がない。
(二) ところで、右争のない事実と、《証拠省略》によると、右債権仮差押決定における請求債権の表示は、「金二八二万一七二〇円、内訳、(1)控訴人久保が訴外会社の注文により昭和四八年四月二日から同年五月一六日までの間に婦人服イージーオーダーを縫製加工した仕立加工賃金一一九万一八七〇円、(2)控訴人奈良が訴外会社の注文により昭和四八年四月一二日から同年五月一三日までの間に婦人服イージーオーダーを縫製加工した仕立加工賃金一四万一〇五〇円、(3)控訴人熊沢が訴外会社の注文により昭和四八年四月一日から同年五月一六日までの間に婦人服イージーオーダーを縫製加工した仕立加工賃金四五万四二〇〇円、(4)控訴人岡本が訴外会社の注文により昭和四八年四月一二日から同年五月一五日までの間に婦人服イージーオーダーを縫製加工した仕立加工賃金三四万円、(5)控訴人松本が訴外会社の注文により昭和四八年四月一一日から同年五月一三日までの間に婦人服イージーオーダーを縫製加工した仕立加工賃金二五万五六〇〇円、(6)控訴人三田が訴外会社の注文により昭和四八年三月五日から同年五月一〇日までの間に婦人服イージーオーダーを縫製加工した仕立加工賃金四三万九〇〇〇円」というのであり、その被差押債権の表示は、「金二八二万一七二〇円、但し、訴外会社が被控訴人に対し昭和四八年五月三一日現在有する婦人服イージーオーダーの賣掛代金債権約金四〇〇万円の内金」というのであること、被控訴人は、右債権仮差押命令申請事件における陳述催告命令に対する陳述書において、「被差押債権の存在は認める。但し、浦商事株式会社が被控訴人に対して有する債権額は、金三六二万七三九二円である。株式会社島津屋は被控訴人に対し債権を有しない。浦商事株式会社の被控訴人に対する右債権は、浦商事株式会社において松和産業株式会社に対し昭和四八年五月九日に譲渡した旨の通知が、同日附書面をもって、浦商事株式会社から被控訴人に対してなされている」旨を述べたこと、及び本件債権差押及び取立命令における被差押債権の表示は、「金二八二万一七二〇円、但し、訴外会社が被控訴人に対して昭和四八年五月三一日現在有する婦人服イージーオーダーの賣掛代金債権の内金。各債権者の差押債権の額は次のとおり。控訴人久保・金一一九万一八七〇円、控訴人奈良・金一四万一〇五〇円、控訴人熊沢・金四五万四二〇〇円、控訴人岡本・金三四万円、控訴人松本・金二五万五六〇〇円、控訴人三田・金四三万九〇〇〇円」というのであることをそれぞれ認めることができる。
(三) ところで、債権差押命令における被差押債権の表示としては、債務者と第三債務者との間における債権の内、被差押債権と、被差押債権でない債権とが、関係者において識別し得られる程度に具体化されて、記載されていれば、充分であり、その場合には、被差押債権の特定につき、欠けるところはないというべきである。ところで、以上の認定からすれば、本件昭和四九年三月二六日附債権差押命令における被差押債権は、それに先だってなされた昭和四八年五月三一日附債権仮差押決定における被差押債権と同一であり、そのことは、被控訴人においても熟知していたというべきところ、被控訴人においては、前記陳述書において、「右仮差押決定表示の被差押債権の存在は認める。なお、仮差押決定に表示されている債権の昭和四八年五月三一日の現存額は、被差押額の金二八二万一七二〇円を超える金三六二万七三九二円である」旨を述べているから、第三債務者である被控訴人においては勿論、債務者である訴外会社においても、本件債権差押命令による被差押債権を充分に特定して識別し得ていたということができる。なお、本件債権差押命令における執行債権者は、控訴人ら六名であって、各人の執行債権額はそれぞれ異なっているけれども、その総額は右被差押債権額の金二八二万一七二〇円なのであるから、被控訴人、訴外会社、及びその他の関係者らにおいては、本件債権差押命令により、訴外会社が被控訴人に対し昭和四八年五月三一日現在において有する婦人服イージーオーダーの賣掛代金債権の内金二八二万一七二〇円が差押えられて、固定され、その被差押債権の内、控訴人各自がそれぞれの前記各執行債権額により、他の控訴人らが差押えていない部分の債権を差押えたのであって、その差押につき重複した部分はなく、被控訴人としては、右の固定化された被差押債権金二八二万一七二〇円につき支払を禁止されたものであることが容易に理解され得る筋合であるということができる。そして、右被差押債権の表示に関し、各執行債権者毎に、その差押えた部分を客観的に更に明確にする必要があり、そのため、その差押えた部分を、当該被差押債権が発生するに至った取引の日時・場所・目的物・履行期等によって具体化しない限り、被差押債権の特定として、不充分であるとすることは、現行法上の金銭債権に対する強制執行の構造の下においては、徒らに難きを強いるものであって、相当ではないというべく、本件の具体的事情の下においては、本件債権差押命令における程度の表示をもってしても、前記の説示により、その被差押債権の特定に欠けるものではないというべきである。
(四) そうすると、本件債権差押及び取立命令における被差押債権の表示は、その特定に欠けるものではないから、そうでないことを前提として、控訴人ら提起の本件訴をいずれも不適法として却下した原判決は、不当であって、取消を免れない。よって、民事訴訟法第三八六条・第三八八条により、原判決を取消した上、本件を大阪地方裁判所に差戻すこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 本井巽 裁判官 坂上弘 野村利夫)